不幸な国の幸福論 (集英社新書 522C)
なぜ幸福を感じない人が増えているのか。この問題にするどく迫った本である。
不幸にする原因は二つ。一つは人々を不幸にする社会の仕組み。もう一つは国民性ともいえる
日本人によくありがちな思考でそれを分析している。
作家でもあり、精神科医でもあるので議論の素材として挙げているものは多種多様。経済的な
分析では最新の統計値も示しているので説得力がある。
香山リカの「しがみつかない生き方」も悪くないが、こちらのほうが幸福論としてはよく
できている。じっくりよめば励まされたり、考え方の転換のヒントをみつけることができる人
は多いはず。
記憶に残った箇所から一部を要約してみると・・・
・日本とフランスで統合失調症になる原因が反対。日本では他人と違うで悩み、フランスでは他人とおなじになってしまったで悩む。
・万引きをするのは青年より今や老人が多い国なってしまっている。背景に生活苦がある。
・雇用政策のための支出が日本は少なすぎる。ドイツ、フランス、スウエーデンと比べると二分の一から三分の一しかない。(対GDP比)
・明治時代に訪れたイギリス人が日本人の好奇心の強さに驚いたという話。寺に泊まっていると障子を外してみいっていたらしい
・日本人は集団主義で自分で考えないことが多い。政治については人任せできている。
・しなやかに生きることが大事。幸福を定義してはいけない。
・誰かの為にいきてみることが生を取り戻すことにつながる。
悪魔のささやき (集英社新書)
淡々として平易に、しかも真摯に語りかけてくる文章に、まず好感を持ちました。あとがきを読むと、編集者に口述筆記したものを手直ししたのだそうです。
今の時代は情報社会と言われながら、実は自分にとって都合のよいものばかり選択し、気に入らないもの、耳に痛いものは無視しがちではないでしょうか。そうして自己を確立することもなく時代の空気に流されて、ふっと心の空虚さが浮かび上がってきたとき。そんな時に「悪魔」はささやくのかもしれません。そんな「悪魔のささやき」を避けるための著者の提言にはたいへん頷けるものがありました。視界を360度に広げ、できるだけ遠くまで見はるかすこと。世界の代表的な宗教について知ること、特に経典に目を通すこと。死について知ること、考えること。自分の頭で考える習慣をつけること。確固とした人生への態度を持つこと。そして著者はその手段として手軽に始められる読書を勧めています。著者のいう「個人内情報操作」に注意しつつ、いろんな本を読んで自分の視野を広げていきたいと思います。
自戒の意味も込めつつ、ときどき読み返したい本です。
きのこ文学名作選
不思議な本だった。主役はきのこ。きのこを題材にした古今の文学作品を集めた本だ。狂言や今昔物語などの古典からいしいしんじまで16編が並ぶ。
うっそうとした薄暗い林間にひっそりと生えるきのこたち。色とりどりに美しいきのこはもしかしたら毒を持っているかも知れず、食べられそうな地味なものでもどことなくあやうさやはかなさを伴っている。この本に登場する作品はそれらきのこの特徴をうまく捉え、ときにはエロティックに、ときには滑稽にきのこを描く。どれも小編でありながら楽しめた。個人的なお勧めは加賀乙彦の「くさびら譚」。
そしてなにより特筆すべきはこの装丁。なんという豪華な本だろう。何ページにも渡って文字のない真っ黒なページが続いているかと思うと、実は少しずつ紙質が変化していて手触りだけがその変化に気づく。ときには本をぐるりとひっくり返さなければ文章が読めなかったり、光にかざしてようやく文字が読み取れる作品もある。ボール紙のような分厚いページが続いたかと思うとわら半紙のようなざらりとした質感のページに変わっている。フォントもレイアウトも統一性がない。けれども楽しい。きのこのように怪しく美しい本の中に入り込むうちに、自分が薄暗い木の下闇のなかできのこにたぶらかされているような気持ちになってくる。