新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫 も 10-1)
『夜は短し歩けよ乙女』を読んで楽しんだ人にお勧めする。短編はすべて同じ仮想京都を舞台とするからだ。詭弁論部があり、パンツ番長戦があり、図書館警察があり、単位取得と桃色遊戯にあまり熟達していない男たちが力いっぱい阿呆をやりぬく、あの大学の、あの文化祭のサイドストーリー集でもある。
短編集であるため物足りない感じもする。が、短編ごとにがらりと雰囲気を変えて見せた上で、登場人物が次の章のどこかに出てくるようなオムニバスになっている。そこに体はあるけれども心が場と一体になれぬ人の孤独感が、この本の全体に共通して登場人物の誰かが感じているものでもある。
南禅寺から銀閣寺までの哲学の道から蹴上インクラインの桜並木が出てくれば、思い出に胸が詰る。河原町から烏丸の四条の地下道も、桂駅から嵐山までも懐かしい。景色も、原作の風合いもさることながら、短編ごとに変化する作品の気配の違いを味わうことが面白かった。
名作文学(笑)ドラマCD「山月記-世界の中心でアイを叫んだ獣-」
正直今回は惰性で買ったんですけど、これは人に薦めたいと思えるCDだったのでレビューしようと思います。
シリアスな本編とギャグのおまけシナリオが上手く配合されていてとても楽しめました。
疲れずに聴けて良いです^^
本編は話が進むにつれどんどん引き込まれますし、何よりキャストの演技に聞き惚れました。
さすがベテラン揃いと言ってしまえばそこまでですけど、まさに迫真の演技!ってものを堪能出来るかと。
原作は高校の教科書に載っていたので読んだことはありますし内容もおおまかに覚えていましたが、
既に発売済みの同シリーズ同様、改めてこういう形で聴くとやっぱり新鮮です。
昔はよくわからなかった部分とか「ああ、こういうことだったのか」と納得したりも出来ますし。
何より原作を読み返したいと思ったのは山月記が初めてです。
そしておまけシナリオですが、こっちはとことん遊んでいます。
なので本編を引きずったまま聴くのではなく、あくまで登場人物が同じなだけの別物として聴いた方がいいかもしれません。
個人的には「逆転編」が非常に面白く感じました。何でそんな普通に馴染んでるの!?って。
敦 山月記・名人伝 [DVD]
もうこの方たちは「萬斎劇団」とでも名前をつけたらいいんじゃないかと。
今まで和のテイストを取り入れた作品はいっぱいありましたが、大体は西洋演劇スタイルを和風にしたものです。
しかしこの作品は、狂言(というより能の手法ですね)という和演劇のスタイルから現代演劇を創り出しています。そしてなかなかよくできてます。
出演者みんな狂言師なんですよね!踊り/舞はもちろんですが、間とか笑いも絶妙です。
あとは、敦が「山月記・名人伝」という作品で伝えたかった事や心の叫びがもっと表現されれば、余韻も残るいい作品になると思いました。
中島敦全集〈1〉 (ちくま文庫)
子供のころ、祖父の残した「絵葉書」があった。
そこには昭和初期の「奈良」の風景や「鎌倉」「京都」のほかに、
「朝鮮」「台湾」「南洋諸島」の絵葉書があった。
私が不在の間に捨てられたが、あれを思い出すたびに1945年までは
「南洋」も日本であったのだと感じる。
中国、朝鮮半島、台湾、南洋諸島を超えて世界を描けた「中島敦」という
作家の未来はどうであったのか。
優れた「漢学」の素養とものを視る眼、そして当時の西洋と対峙する姿勢。
昨年が生誕100年だったが、松本清張とおなじくらい長生きをしてほしかった
作家であったと思う。
彼が1945年以降も生きていれば、彼の眼はどんな世界を視たのだろうか。
李陵・山月記 (新潮文庫)
読む前は中島敦には何となく敷居の高いイメージがあり手に取りづらかったのだが、実際に読んでみると食わず嫌いにならずに済んだことを感謝したいぐらいの気持ちにさせられた。古典的な叙情と価値観があふれる作品集は、胸に迫って感じさせられるものばかりで、ずっしりとした重みさえ感じられる。滅亡の美しさや、人によって異なるさまざまな義のありよう、師弟愛や、凡人を遙かに超越した偉人の伝記。漢文調の格式高い文章と相まってどれも非常に完成度の高い作品となっている。一つの事に没入していく人間の儚さ、愚かさ、美しさをここまで明らかな形で書き表した作家は少ないのでは? とも思えた。
すこし漢文の素養がいるかも知れないが、丁寧な注釈が入っているので別に読めないわけではない。ただ、やはりあらかじめあらすじを多少掴んでおくと分かりやすいかも知れない。それでも、是非とも多くの人に読んでもらいたい、文句なしの名作だと思う。