奇跡の海三陸
養老さんの巻頭文書と本書の内容があまりに離れているのが良い。
「繰り返し」と言うタイトルで「おなじ」「ちがう」という普遍性における多元性あるいは多様性の大切さを書かれている。
さて、本書はまさに三陸の海の豊饒さをこれでもかと写真、絵そしてテキストで埋め尽くしている。
まさに自然の恵みと人間の手入れの技術そして共生のさまである。
生かされている自分を感じ、森が作り出す豊かな海産物、そして生き生きと働く人々がそこにいる。
そこには養老先生が言う脳化した都市もなければ、身体性を失った人々もいないのである。
と言う事はやはり養老先生の巻頭文は的を得ていることになる。
三陸海岸大津波 (文春文庫)
昨年、友人と三陸を旅した。本来の目的は「宮古湾新選組ツアー」だったのだが、宿を「グリーンピア田老」にとった。
田老駅から宿までの間、「津波時避難路」という大きな看板と矢印が目につき、海岸沿いでもないのに堤防があったりする。ふっと大昔に読んですっかり忘れていた、この作品の題名が頭に浮かんだ。あれってここが舞台なのか。地元のタクシーの運転手さんは、元来無口なのか謙虚なのか、尋ねても「はい」とか「ええ」とかいう返事しか返ってこなかったけれど。
実際に有効なのかどうかはともかく、堤防や避難路看板など、昔の出来事の記憶が今の行政にも確実に受け継がれているのを見るのは、失礼を承知で言えば、とても興味深かった。日程がゆったりしていたら役場で話を聞きたかった。
これを読んだ後に三陸を訪れる方、通り過ぎるだけでも実感できて、いいですよ。
三陸海岸大津波 (中公文庫)
三陸地方を襲った三度の津波について、極めて詳細な記録を追跡した圧倒的な資料集という気もする。それほどまでにこの本の記述は充実している。
特筆すべきは学術的な自然科学の本には記されていないような事柄が多数掲載されていて、個人的な興味から、地震災害に対する知識を深めていたつもりの私にも初めて知ることがたくさんあった。
ことに地震→津波襲来間に海から轟音が鳴り響いたり、謎の光が目撃されたことなどは興味深く、また、公式記録には残されていない場所にまで津波が届いていたとされる高さなどは、伝承や証言でしか知り得ないものであり、津波災害に対するアプローチとしては新鮮な角度に感じられた。
津波という広域災害は低頻度の大災害であるが故に、その危険性と恐怖を語り継ぐことが重要だと言われている。その意味でもこの本に記された津波の恐怖は広く知られるべきものであろう。
本書は2010年のチリ地震津波の1ヶ月前に読了した。災害報道で映像を見たところ、スマトラ地震で撮影されたような凄まじい水量の荒波とは違い、水面が次第に盛り上がってくるような津波だったことが見て取れた。
これは本書に記された1960年チリ地震津波の記録・証言「のっこ、のっことやって来た」、「モクモクと水面が盛り上がって押し寄せてきた」といった印象とほぼ一致している。同地区には過去10回近くも南米の地震で津波に襲われていたことも含め、極めて興味深い。
しかし、同時に津波警報が出ても避難しなかった人もかなりいたようで、本書の最後で「津波との戦い」について触れた著者にとっては無念なことのように思える。記憶と記録で語り継ぐことの重要性は、高度な情報化社会になっても決して衰えさせてはならないように感じられた。