女三人のシベリア鉄道
森まゆみは1954年生まれという。若い頃、シベリア鉄道を使ってのヨーロッパ行きに憧れた。当時それが一番安いルートだったから。
結婚し、離婚して3人の子を筆1本で育て上げた。
地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を創刊し、それから積み上げて文筆家としての地歩を築いたが、基本的には文学者というよりライター・編集者というべき人だろう。最近は旅行作家の趣きもある。
私がこれまでに読んだのは「鴎外の坂」「即興詩人のイタリア」だが、それぞれ敬服すべき作品であった。
その森まゆみがある時、わが国の大女流作家3人がシベリア鉄道でヨーロッパに行っていることに気付いた。与謝野晶子、中条百合子(宮本百合子)、林芙美子である。
自分のかっての夢と重ね合わせて、彼女はこの3人の著書や日記をトランク一杯詰め込んでシベリア鉄道に乗り、偉大なる先輩たちの旅を追体験する。
シベリア鉄道といってもウラジオストックから乗るルートと、大連-ハルビンを経てシベリア鉄道に入るルートがある。ウラジオは軍港として日本人は入れない時期があった。
かくしてこの書はウラジオルートと大連ルートの2度の旅行を合わせた内容である。
与謝野晶子、宮本百合子、林芙美子、それぞれに面白い。といっても私は宮本百合子とはまったくご縁がなく1冊も著作を読んだことがない。
私が面白かったのは、森まゆみが2度の旅行にガイドを同行したことである。
ウラジオルートにはロシア人の、大連ルートには中国人の、日本の大学院に学ぶ苦学生を通訳・ガイドとして同行した。
それぞれの実家にも立ち寄るのだが、苦学生であるからして実家も庶民の家である。何年ぶりかで帰郷した娘を迎える家族。一家眷属が集まって精一杯感謝をこめて森を歓待する。涙ぐましい。
家族たちは森のことをどれほどのお大尽と思ったことだろう。
1910、1920、1930年代の3人の女性の旅との比較が、何故かわが世代には切ない。
それにしても森まゆみはよく歩きよく書く。克明に書く。
書かねば食えない覚悟が、元来の才能を磨いたのだろう。